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アキラが大学に入学した。
自宅から通える距離、ランクアップして目指した第一志望の国立大学、
しかも「彼氏」と同じところ。
普通に考えても、
これ以上ないというようなシチュエーションである。
当然彼女も嬉し恥ずかし幸せオーラを出しまくっているわけだが、
彼氏その人、伊沢吉成言うに及ばず。
無口なのは相変わらずとはいえ、いつぞやのホワイトデー・デート以来、
史上最高に出来た弟・伊沢壱成すら時折心配になるほどの上機嫌ぶり。
当然入学式も快晴だし、入学式に合わせて無理やり咲いた満開の桜はニュースにだってなった。
無口なのが相変わらずなら彼女の鈍感さも相変わらずで、やっぱり彼の苦労は伝わって
なかったが、それでも伊沢吉成は幸せ絶頂だ。
朝は彼女と挨拶をして、講義に行く。
昼は彼女とご飯を食べる。
講義が終われば彼女を乗せて家まで送っていく。
いつまでたっても鈍い彼女は(そこもまた好きなのだから惚れた弱みだが)、
自分の気持ちを分かっているのかいないのか(…いないのだろうけど)
時たま無意識のうちにだろう、ふと女性らしい仕草をしてみせて
彼の気を落ち着かなくさせるけれど、それでも良かった。
焦る必要はなかったし、彼女は今日も自分の車に乗ってくれるのだから。
が。
「あ、伊沢、今日は俺を待たなくていいからね?」
「…何かあるのか?」
ある日のお昼時。
彼女の口から出た言葉の意味を一瞬測りかねて、伊沢は聞き返した。
「何かあるなら、俺も待とう」
「ううん、そんなんじゃないんだ、ごめん。今日は伊沢と帰りの時間が合わないだけだから。」
そう言われると、引き下がらなければいけないような気もしてくる。
一年生の時間割はまだ確定していないから、伊沢が遅い日にアキラの授業が空く、
ということもありうることだったし、あまりアキラを束縛するのも伊沢の本意ではない。
「遅くなるようなら、電話をすれば迎えにいく」
「大丈夫だって。伊沢は心配しすぎなんだよなぁー」
今までにはあまり見ることのなかった、ころころと笑うアキラは相当可愛いが、
ごまかされてはいけない、と自分に言い聞かす。
「一体何があるん…」
「あっ!いけない、クラスの子と待ち合わせしてたんだった!ゴメン伊沢、俺先に行く!」
「…あ、ああ」
じゃあね、と邪気ゼロの笑顔を残し元気良く去って行ったアキラを見送り、
一人取り残される伊沢。
少し悲しかったが、かつての関係に比べればどれだけ恵まれているか。
伊沢は自分に言い聞かせる。
毎日顔が見れて、毎日声が聞けて、ご飯を一緒に食べれて、…
それを考えたら、こうやってアキラに置いていかれることくらい、くらい、…
でもやっぱりその背中はちょっぴり怖かった。
そんなことがあったものの、伊沢も大して気に留めていなかった。
行動力のありすぎるアキラのこと、伊沢を置いて走りだすというのも良くあることだったし
その夜、無事の確認という名目で電話をかけたら、
「うん、大丈夫だよ。わざわざ電話までかけてくれなくても良かったのに」
「いや。送ってやれなかったから」
「ははは。本当に伊沢は心配性だね。でも…」
「?」
「…それって、俺のこと大事に思ってくれてるって、ことなんだよね。
その…ありがとうっ!」
ブツッ プーップーップーッ
「吉兄、入るよ…、!?吉兄、どうしたの!すごい鼻血!!??」
今までアキラは男の姿を貫いていたから。
自分の友達であるという立場を貫いていたから。
だから、こうしてアキラの可愛らしいところを見ると、一撃でやられてしまう。
そういう変化はあるものの、
アキラを中心に世界を回すということだけは、何にも変化がなかった、という話。
end.
あとがき
お久しぶりです、しらさぎです。
初短編(?)? イントロということは、続きがあるということです。ハイ。
もとはその先の話をせっせと書いていたのですが、文字通りイントロが長くなりすぎた
ので、適当な(≠適度な)ところで分離独立させました。
これっぽっちの作業に一体何日使ってるんだか…(そしてオチがコレかと!)
そのうち続きが載ります。多分。そんで大学の話が続くと思います。
2004/06/20 しらさぎ
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