◇3
試す、なんてやっぱり自分には過ぎた真似だったと心底思う。
そもそも俺は、自分の気持ちさえ整理できないのだから。
伊沢のナビで揺られて、たわいも無い会話をしながら山道を行く。
こんな山道ではラジオもうまく入らないから、俺が持ってきた適当なテープを流して。
いつものドライブとそう変わらない。
伊沢はいつものように静かに俺のどうでもいい話を聞いていて、話しやすいように
相槌を打ってくれて、そしてストンと心に残るような、伊沢らしい答えを返してくれる。
俺が言葉につまれば、ゆっくりと、だけどいつもより長めに話してくれるし、
伊沢といて、空気が詰まることがない。
ああ 大事にされているな と思う。
伊沢は優しい。
じゃあ、俺は?
俺は伊沢が好き。
それにもう、迷いはない。
高村さんとも遊佐とも違う「好き」。それは間違いのないことだ。
だけど、と思う。
「伊沢が俺のことを好き」で「好きな相手には触れたいと思うもの」
なら「伊沢は俺に触れたい」。三段論法、証明終了。
じゃあ、俺は?
「俺は伊沢のことが好き」で「好きな相手には触れたいと思うもの」
なら「俺は伊沢に触れたい」、?
星を見にいくことが決まってから、だんだんその日が迫ってきてから。
伊沢の気持ちを考えるうちに、そんな疑問にぶつかってしまった。
何のことはない。俺はやっぱり自分のことが見えていないだけなんだ。
しかしここまでコトが進んだからには、有言実行。
ここでやめては元鬼面党親衛隊長の名が廃る!
……と、いう思いに負けてきてしまったわけだが。
「はあ…」
「どうした?」
「!あ、ごめん!なんでもない!」
思わず特大の溜息をついてしまった俺に、伊沢が気遣わしげに声をかけてきた。
申し訳なさに頭があがらない。
「……もう着くぞ」
「え?」
唐突な伊沢の言葉に顔を上げるとのと、山道とは思えないスムーズな減速で
GTRが停車するのとがほぼ同時だった。
「降りよう」
「う、うん」
脱線した思考のまま、間の抜けた返事を返してしまう。
俺ってとことんダメな人間だ。
手馴れた動作でドアを開け、車の外にでる。
伊沢がエンジンを切って、ヘッドライトの強い明かりが消えた。
そして一瞬の暗転。
俺は二度、瞬きをして、天空を見上げた。
「……すごい……」
そこにはもう、星空しかなかった。
折り良く新月の晩。
辺りには人影もなく、この儚く輝く無限の星明かりをさえぎるものはなにもない。
慣れた眼に、星明りが照らす自分の白い息が映った。
何もかも忘れて、吸い込まれそうな。
伊沢は何て素敵なものを俺に見せてくれたんだろう。
「着てろ。寒いだろう」
「伊沢、いいのに……」
「いい。風邪をひかせては申し訳ない」
伊沢の大きなコートが俺の肩にかけられる。
星空にばかり気をとられて、存外に長い時間経っていたのだろうか?
「……ありがとう、伊沢」
「いや」
いつものように伊沢が応えた。
俺にかけられたコートの前を合わせて、伊沢の手が離れていく。
動きにつられて少しだけ伊沢の手首が覗いた。
……伊沢だって、きっと寒い。
だって、伊沢も俺が感じた吸い込まれそうな思いを共有してるんだから。
すっと、手を伸ばした。
伊沢の手に触れようとして。
俺の手が伊沢に向かう。
それは本当に無意識の動作だった。
「アキラ?」
ちょっと緊張したようなその伊沢の声がなかったら、俺はそのまま触れていたのに。
「!?あ、ご、ごめん!!」
伊沢の声に、俺は一瞬我に返ってしまって、急いで手を引っ込めて、
そして自分が伊沢に触れたいことを自覚して、どうにも恥ずかしくてたまらなくなった。
「……どうした?アキラ」
伊沢が不思議そうに自分を見ている。それはわかる。
だけど、ダメだ。恥ずかしくて、なんていうか自分の気持ちを知ってしまって。
ああ、伊沢が好きだ。
伊沢に触れたい。
伊沢も、触れたいと思ってくれていればいいのに。
俺が今感じたように
星空を共に見たように
二人で共有できていたら。
俺は覚悟を決めて口を開いた。
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