手を。

◇4

「……で?」
「……で、とは?」
「とは、じゃねえだろ何考えてんだよ伊沢ーーーーーーー!!!!」
「ああああ落ち着け祥ーーーーーーーー!!!!!」

いつものように、祥のパンチは高村の鳩尾にクリティカルヒットした。



「相変わらずだな、高村」
「これも祥の愛情表現よ」
「愛情じゃねえ!お前は黙ってろ」
「はい、すみません……」
「いいか、伊沢」

哀愁漂う高村を置いて、祥が鋭い目つきで伊沢をにらんだ。

「お前の不甲斐なさには俺もほとほとあきれた。お前は本当に、それでいいのかよ?!」
「それ、とは?」
「!」

伊沢の目は本気だ。
祥はきわめて久々に、以前のような本気の汗をかいた。
そうだった、この男はこういう男だったのだ。
強くて激しくてしかもそれを隠す。隠蔽し抱え込み一人で苦しむ。踏み込ませない。
そしてそのままに笑う。


「伊沢……」



伊沢とアキラが同じ大学に通い始めてもうすぐ2ヶ月。
大魔神も落ち着き、いたって平和な日々が続いていたけれど、……それは見えていなかっただけ。


「おい、伊沢。祥の言いたいことくらいわかってんだろ」

思わず次の言葉を飲み込んだ祥の代わりに、高村が口を開いた。

「お前は俺より頭いいと思ってたが、大馬鹿だよ」


伊沢は相変わらずアキラに触れない。アキラの好きなようにやらせる。
自分の理解を求めない。
そしてアキラが自分を置いて、他の男たちと泊り込む、と聞いても、堪える。

「お前が堪えたいなら堪えてりゃいいけどよ。お前、本当にそんなことがしたいのか?」

本当にしたいこと?
したいことなら、既にしている。
そう答える伊沢に、祥の眉がぴくりと動いた。それに合わせて、高村も静かに眼を細めた。

そもそも本当なら、今日は伊沢ではなく、アキラが来ているはずの日だった。
相変わらず破壊的な家事能力を発揮している祥と高村、まともな生活など送れるはずもない二人のために、
かつての親衛隊長は相変わらずのペースで足を運び、それに伊沢が付き添う。
そういう日常がここにはあったはず。



「欲しいなら手を伸ばせよ、伊沢」

それは心からの、親友の言葉。

欲しいなら。
欲しいなら、手を伸ばせばいいと、言う。
でもそんなことは知らない。欲しいものとは、守るもので、見つめるもので、手に入れるなどと。
そんなことは知らない。やったことがない。



押し黙った伊沢に、ついに祥が切れた。

「ああわかったよ伊沢っ!お前にとってアキラはその程度か!?情けないぜ!!」
「祥……」

叩きつけ、扉を軋ませて部屋を出て行く。
憤慨しながら親友のことを思う彼女の姿が眼に浮かぶようだ。


「おい、伊沢」
「なんだ」

「お前がアキラを止めないっていうんなら、俺がとめるぜ?」

ぴくり。
男の眉が初めてリアクションを返した。そして――




「毎日祥の手料理だけじゃあ、俺の身が持たねぇし、」
バン!と扉が開き、
「大ーーーっ!今言ったこと、後悔しないだろうなぁ!!!」
「ああぁっ祥っ!?まだそこにいたのね!!?」
「言い訳は聞かねぇ!!!」


唐突に始まったいつもどおりの大乱闘に、伊沢は思わず笑みをこぼした。
いつまでもこの二人は変わらないだろう。
変わらず喧嘩し続け、そしていつまでも一緒にいるだろう。背中を合わせて。

それは、それを高村が望むからであり、祥がそれを許すから。




「高村」
「ぁあ?!今それどころじゃねえ痛だだだ祥ちゃんそれはちょっとキビシ……」
「問答無用っ」
「ぐはぁっ」
「礼を言う」

!


思わず締めていた手を緩めて、伊沢を見れば、そこにはいつもと変わらぬ伊沢。
―――いや、いつもとは違う笑みの、伊沢。


「礼を言う」

もともと整った容貌の男は今までにない鮮烈な笑みを浮かべていて、付き合いの長い夫婦は
思わず手をとって恐れをなした。












空は、気味が悪いほどに、晴れ。

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