7days, seventhday

◇4

時間を確認したり、人ごみの中へと視線を泳がせたり。
すっきりとはしているけれど女らしい服で無頓着に壁に寄りかかっている。

癖のない髪。
ぴんと伸びてしなやかな背筋。

無機質で綺麗な左目。

そして本来の生き生きとした輝きを宿した右目、それが見えない位置で、
伊沢はアキラを見続けている。



アキラは他人からどう見られているかということに、とても疎い。
天然記念物並みに疎い。
しかし空手と喧嘩で鍛え上げた感覚は本物で、他者(特に敵)からの視線に
気づかないということはまずない。敏感に察知し、自然と警戒することが出来る。

それらの能力がもっぱら「敵意ある視線」のために培われたのだとしても、
これだけたくさんの興味ある視線に気づかないほど、アキラも鈍くはなかった。
この場合、伊沢の視線をカウントすることは出来ないが、それは伊沢の視線が
悪意とは全く程遠い物であり、更にその期間の長さからアキラにとって伊沢に
見守られることが日常となっており気づかなかったとしてもそれはアキラに責のある
ことではない。
実際、アキラはこれらたくさんの視線に気づいていたのだから。


(……やっぱり女装した変態男って思われてるんだろうなぁ、女物似合わないし……)


……視線に気づくことと、その意図するものに気づくことは別だったとしても。

(せめてズボンがあれば、それ着たんだけど……)

と、溜息ひとつ。


その様は憂いを帯びていて、愛らしいながらに人に媚びない長身の美女、という風情で
ますます周りの注目を集める結果にしかならないことに気づくほど、
……アキラは自分のことがわかってはいなかった。


(……ん?)

伊沢を待ち始めてどのくらい経ったのか。
計算どおりならいくらなんでも伊沢が来るはずだ、という時間はとっくに過ぎていて
(※実際伊沢はいるのだが)、アキラが自分の予想は外れてしまったのだ、と考え、
自覚しない胸の痛みと共にもう戻ろうかと迷い始めた時だった。

(……視線。)

アキラは自分を凝視する視線があることに気づいた。
通りすがりの人が投げかける、興味深そうな、ただ短いそれらの視線とは全く異なる
視線。
敵意ではないけれど、……どこか不愉快な。


その視線の先にいたのは数人の若い男たち。
いやに親しげな笑顔で、こちらに近づいてくるところだった。

(……?何だ?キャッチセールス……?それにしては若いし、服も普段着みたいだけど……)

青春時代を男として過ごしたアキラは、女にナンパされたことは数多くあっても、
男にナンパされた経験は皆無である。よって、「見るからにナンパな4人組」は
アキラにとってはただ「正体不明の4人組」としか認識されなかった。


「ね、キミ一人?」
「誰か待ってるの?」
「可愛いねー」
「モデルとかやってる?」

と、アキラにとっては支離滅裂としか取れない数々の質問を一斉に口にしながら
男たちがアキラを囲む。

自分の死角になる左側に回られるのを、ごく自然な動作で避けつつ、アキラが
警戒心を強める。

「……あんたたち、俺に何の用?」

警戒の結果、これまたごく自然に男言葉になるが本人は意識していない。
更に言うなら、そのあまりにも自然な男言葉が、「ナンパな4人組」を煽ることになる、
ということも全く意識していない。

「"俺"だってよ」
「かーわいいー」

決して上品とは言えない声で4人が愛想笑いをするのを見て、アキラの警戒心は日常的な
限界に来た。

日頃ならそうでもなかったかもしれないが、今日はアキラとて一大決心をしてやってきた
のである。緊張だってしていた。
……つまるところ、彼らは運が悪かったのだ。

「……用がないならどけよ。人が通るのが見えないだろ」

どん、と手近な一人を押す。
かつて鬼面党で親衛隊長を務めた、本物の気迫。
普通なら、相手は迫力の中で実力差を悟り、素直に道を譲るものである。


が、彼ら「みるからにナンパな4人組」は、喧嘩をしているつもりでは全くなかった。
つまり「一方的な」ナンパをしていたのであり、それは力任せという点では恐喝にも
よく似ている。
彼らにとってアキラは言わば絶対的な弱者であり、自分たちに狩られる獲物だったのだ。
それも久々に見る極上の獲物であり、これから何をして「遊ぼう」かと、貧しい想像力
いっぱいに色々と妄想だってしていた。

そこへ実際の実力差を見せつけられるとどうなるか。

大人しく逃げ帰るほど、彼らは賢明ではなかった。
ただ迷惑なだけのプライドを守る為に、身の程もわきまえずに優位に立とうと
悪あがきを始める。

「……へへ、いいのかなぁ。俺たちさ、すっげーいいモンもってるんだぜ?」
「そうそう、見てからビビるなよー?」
「あんたにもさ、わけてやるしさ」

そういって一人が意味ありげな動作で何か小さなものを取り出して見せた。

それは、安っぽいビニール袋に小分けされた、白い粉。

「……!」

そうと認識した瞬間に、アキラは動いていた。

ニヤニヤと笑う眼前の一人に、遠慮のない正拳付きをぶち込むが、湧き上がる怒りは
収まらない。


袋の中身は、小麦粉だ。そのぐらい一目でわかる。
……こいつらは、遊びの為の単なる道具としてクスリを騙ったのだ……!!

「!や、やりやがったな!?」

一瞬で倒された仲間の姿をみて、ようやく残りの3人も動き出す。

「……それが、本当にどれだけ恐ろしいものかわかってもいないくせに……!」

「くそ、やる気か!?」
「やっちまえよ!」

男が白い粉の入った袋をアキラに投げつける。
至近距離とはいえ、アキラの反射神経は見事にその軌跡を見切り、手で払いのけた。

「!」

乱暴な力に袋が破れ、中身がぶちまけれる。

袋ならば反射神経の良いアキラのこと、避けようはあった。が、無数の粉となると。

アキラは目に異物が入り込んだのを認識した。

それも、右目に。

アキラの視界がゼロになる。
男の腕がアキラ目掛けて伸びてきたのが気配でわかった。それを避け足場を確保
しようとし、長いスカートに邪魔され一瞬バランスを崩す。


……この格好で長く闘うのは無理だ。

アキラは瞬時に悟った。そして、出来るだけダメージを受けないよう、屈み込んで
頭を庇う。
こうすれば助けが来るまでの間持ちこたえられると、知っていた。



助け?それは一体誰?
それは、 。


ガツッ


「!うわぁ!」
「何だテメ、そ、!」

派手な音がいくつも上がった。
暗闇の中でも生きている聴覚と伝わってくる振動で、男たちが全員沈んだことを
アキラは知った。


助けてくれるのは。



「……大丈夫か」


沈黙の後、静かな、聞きなれた声がアキラの耳に降りてくる。

「……伊沢……」

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