◇7
車を降りる。
人気のない港は風が強く、寒かった。
伊沢が自分の左側に立ったので、ほんの少し心が痛んだけれど
かえって口を開く勇気がでた。
「伊沢。……俺、お前に、もう会わないって、言ったよな」
それでもまっすぐ話に切り込めない自分が嫌になる。
自分の一言が伊沢に及ぼした効果にはアキラは気付かなかった。
「……だけど、今日、お前は街で、俺の前に現れた」
本当はとても嬉しかった。
感動した、といってもいい。それは自分の都合のいい解釈だと、分かっていたけれど。
思い出すだけでも「好き」が溢れてくるのに、どうしても口が言うことを聞かず
硬い声になってしまうのが憎らしい。
「……アキラ?」
黙ってしまったアキラを心配するように伊沢の声が届く。
アキラはあわてて口を開く。
「!ごめんっ、いいんだ、俺が言いたいのはそういうことじゃなくって、……その。」
「……いい。言ってくれ」
伊沢の声もかたい。
みんなは伊沢を怖がっていたけれど、アキラは伊沢がとても優しい声をしているのを
知っていた。だから、こんなに緊張して堅い伊沢の声を聞くと、いやな予感が
膨らんで前に進めなくなってしまう。
それでも言わなければいけない。
買い物帰りに捕まえて、時間をとらせたのだから。
「……俺、この一週間ずっと考えてた。それで、……それで、伊沢」
思い切って、伊沢のほうを向く。表情は見えない。
「……元はと言えば、俺の言ったこと、なんだけど。俺の、わがままなんだけど」
「俺のわがままを、……最後に一つだけ、聞いてもらえないかな」
アキラの視界で、伊沢は微動だにしない。
ただまっすぐに自分を見ている伊沢の視線に耐え切れずに、アキラは情けないと
思いながら視線をそらした。
「その……会わないとか俺が言ったんだけど、俺、これからも伊沢と会いたい。」
空気が変わったことにアキラは気付かなかった。緊張のあまり。
「俺、伊沢が好きだ」
伊沢は何も言わない。
緊張と絶望で、身体が堅い。頭に血が上ってうまく考えられない。
でも、何か言わなければ。自分がはじめたことだ。
「だから、もし、伊沢がいやじゃなければ……その、……!」
アキラはもう泣きそうだった。自分が恥知らずなことを言っているという自覚もあったから。
でも伊沢の返事を聞くまでは、帰れない。
……元鬼面党親衛隊長の意地にかけても。
でもやっぱりダメかと、伊沢は返事もしたくないのかと、アキラが思ってしまうほど
長い沈黙のあと、伊沢が口を開いた。
「……すまない……」
瞬間アキラは空っぽになった。
ああ、やっぱりか。瞬時に絶望し、己の愚かさをただ呪った。
伊沢が謝る必要はないのだと返事を返そうとして、
口を開けなかった。
「アキラ……!」
息が出来ない。
温かい。
ここは一体どこか。
さっきまで、港にいたのではなかったか。
ここは
伊沢の胸の中。
アキラは驚いて何も考えられなくなってしまった。
だいいち、この胸は広くて温かすぎる。
「伊沢……」
やっと小さく呟く。
その声を、伊沢は聞き取ってくれた。
聞いたことのない狂おしい声が耳元で囁かれた。
「アキラ……好きだ」
ぎゅっと抱きしめてくる伊沢。
苦しいほど。
考える必要はなくなった。
ここは伊沢の腕の中。
なんて素晴らしい存在なのだろう。
こんなに彼が好きな自分。
自分を好いてくれる彼。
言葉はいらなくなってしまった。
アキラにもわかった。
伊沢の答えが。
こんなに色んな「好き」を持てて
こんなに一杯に「好き」が溢れる
自分の存在が誇らしい。
「大好き」
さあ、次の一週間を始めましょう。
end.
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